勝田の獅子舞

円 福 寺

八千代市は首都圏30km圏の位置と交通の便のため昭和30年から住宅団地が造成されました。
しかし住宅地を少し離れると田園地帯があります。
大きな農家に挟まれて円福寺がありました。今日の獅子舞の出発点です。
真言宗豊山派の寺、本尊は阿弥陀如来。創立は正確にはわからないそうです。
残された墓石などから貞亨3年(1686)頃とされています。
俳句でも詠みたくなるような佇まいのお堂があります。額には馬頭観世音とあります。
昔は氏子がやっていたが、明治時代から「勝田大同団」という団体が行っているそうです。
(明治44年作成の団則があります)

団員はこの部落の跡継ぎの男子で、社会人になると加入し40歳(今は45歳)までとの事。
10時頃皆さん集まってきました。
獅子舞の起源は、近くの「こてはし」のお寺が焼け、その夜三匹の竜がここのお寺に飛んできたと
伝えられているそうです。獅子舞は五穀豊穣と病魔退散を祈願して行われます。
この地域の水田はドプッ田(カツタの地名は湿田の意味から来ていると言う)
と言われ田に入ると胸まで泥に漬かったと言います。

水害が多く、雨水被害除け(「水伏せ」とも言う)のため二百十日の
九月一日に行われてきたのだそうです。
獅子舞はオヤジ(オス)・カカ(メス)・セナ(子)の三匹で行います。腰には鞨鼓風の小太鼓を着け、
手の平に収まる短い撥でたたきながら踊ります。
真ん中がオヤジ(髯、ねじり角)、右がセナ(子 尖り角)、左がカカ(宝珠、お歯黒)
囃しは横笛と歌い手です。踊りは鶏が喧嘩をする動作からヒントを得て作られていて、オヤジとセナ(子)が
カカを取り合うと言うことがテーマになっているそうです。(なぜか解りません)
獅子舞の組は三組あり、モトギリ(初心者)・ハタカケ(修練者)・タネ(先輩格)と言います。
今ここで行っているのはモトギリ(初心者)の練習なのです。
しかも半分をやり、残りはお隣の駒形神社で行います。
半分の練習で終ります。これを「ハンシバ」と言います。
11時、70mほど離れた駒形神社へ向って出発。
ほら貝、榊を持った神主・・・
笛、三匹の獅子・・・
そして太鼓と行列は進みます。何故神社へ行くのか・・・それは昔の神仏混交時代の風習だろうとのこと。
要するに神様仏様にお願いすると言うことでしょう。

水伏せにどうか神様仏様


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